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ワインバーバハムートの日常

ワインバー バハムートの日常 その2 続10年分の乾杯

銀髪細身の男性と日焼けした快活な雰囲気の男性の二名。

当ワインバーのオーナーたる山崎氏が友人であり設計事務所社長の坂本と来店した。

「なんだー!オーナーじゃないですか!」と、コダマちゃん。

「なんだじゃないでしょ?コダマちゃん。ちゃんとお金払って飲むんだからお客様!いやどっちにしてもなんだじゃないでしょ?笑」 

と、苦笑いのオーナー。ごもっともですと納得するポリフェノール。

坂本さんはただただ笑いながら

「相変わらず手厳しいなコダマちゃんは。あんまりオーナーいじめはアカンで。あとちょっとしか、、笑」と余計にあおる始末で。

「ちょっとはいいんかい!!アカンは!!!もうええからここの間の話つめるで。ポリさんグラスで二杯任せるわ」

そう言ってすぐに仕事の話しを始める二人。

ポリフェノールは黙ってグラスにワインを注ぎ提供する。

と、同時に「いらっしゃいませ!」 とコダマちゃんの声。見ると品の良いスーツに固い印象の眼鏡をかけた男性が来店。

店内を見渡しすぐにポリフェノールを見つけると男性はほっとした様子で話しかけた。

「予約させていただいた奥谷といいます。、、ああポリフェノールさん!久しぶりだね!」

「奥谷さん!お久しぶりです。さ、まずはお座りください。お連れ様もどうぞ」

奥谷氏とその友人と思われるスーツ姿の男性が着席する。

60歳半ば。

落ち着いた雰囲気は以前のギラギラしたヤリ手ビジネスマンのそれとは違い達観した物腰だ。

「今日はお祝い事もあるのでシャンパンを、ルイロデレールのクリスタルはあるかい?あるならそれをいただこう」

「かしこまりました。お祝いと言いますと?」ポリフェノールは黄色いラップを剥しコルクを抜きシャンパングラスに注ぎ入れ二人に提供する。

「我々二人は今年の3月で定年でね。今日はその慰労会と40年以上勤めあげた祝いを兼ねて来たんだよ。もっとも一番の理由はポリフェノールさんがようやく呼んでくれたってことだけど。

一緒に乾杯しよう!本当に久しぶりだ!あ、そこの可愛いお嬢さんもご一緒にどうぞ」

相変わらずのキメ細かい心遣いでコダマちゃんにもシャンパンを勧める奥谷。全員のグラスが入ったことを見計らって

「三条烏丸を通る度にあれからポリフェノールさんがどうしているのか気にかけていましたよ。

まったく10年も待たされるとは思いませんでしたが!乾杯!!10年分の!!!」 

ニカッとイタズラぽく笑いながら乾杯の音頭をとる奥谷は杯を傾けた。

「ありがとうございます。と、申し訳ございませんお待たせして。

あれからいくつかのお店を転々としソムリエとしての技量を勉強してきたのですがお呼びするにはどこか足りず今になってしまいました。本当にお呼びしたい素晴らしいお店との出会いと私自身の納得のいくタイミングがようやくの今で、、」

恐縮しながらポリフェノールも杯を傾ける。

二人が思い出話に花を咲かせている時、何となくその会話を聞いていたオーナーがムズムズしているのが見えたコダマちゃんが

「オーナー、坂本さん、良かったですね!ポリフェノールさんここは今までで最高のお店ですって♪」

「そ、そうやんな!そう聞こえたよな!」

「いやあ流石ポリフェノールくん!僕の建築設計の美しさに気付いていたか!」

だんだんと声のトーンが大きくなる身内二人にいたたまれなくなりポリフェノールは紹介をすることにした。

「奥谷さん、すいません外野が五月蠅くて。あちらは一応当店のオーナーの山崎とここの建築設計を担当いただいた坂本さんのお二人でして。

オーナー、坂本さんこちらは僕のソムリエ駆け出しの頃からの大事なお客様で奥谷様とそのご友人の方です。」

「そうですか!ウチのソムリエがお世話になりまして。いや申し訳ない。あまりに嬉しい言葉がそちらから聞こえてしまって」

「こちらこそ初めまして。彼にはよくしていただいて。それに確かにこのお店は素晴らしいですね!内装はもちろんライティングも計算されつくしている」

重ねて褒められオーナー山崎はもとより坂本が顔を真っ赤に照れる。照れた坂本を見てコダマちゃんが

「坂本さんが照れると黒いんだか赤いんだか解らないですね!」

と、とんでもないことを言い出した。それを聞いて全員で笑い合い、もう一緒に飲もうとなってみんなでワイワイしだすこととなった。

シャンパンのボトルが空いたのを確認した奥谷さんが次の一本を目で合図した。

心得たポリフェノールが用意したのはシャトーコスデストゥルネルの96年。

そう。10年前に初めて奥谷さんにサービスしたワインだった。

「解ってますね。さすがポリフェノールさんだ。今日はこれが飲めると思っていました。あれから10年ですか。まだ固い印象があったあの96年がどうなったか非常に楽しみです。」

96年のボルドーの赤ワインは超がつく当たり年だ。当たり年のワインというのはリリースされてすぐは固い印象の味わいになり場合によっては重すぎるワインとなってしまうこともある。

前回ポリフェノールがサービスした状況は中華料理の濃厚なソースや醬といった油分の強い料理に負けないワインということで選ばれたのだが今回はワインのみ。

ただしあれから10年の月日がどうその味わいに変化をもたらしたのか、、、

抜栓をしワインをデキャンタに移し替える。

テイスティングの後、ポリフェノールは笑顔と共にグラスにワインを注ぎいれた。

香りを確認して奥谷さんはすぐにワインを口に含みその味わいを舌と脳で確認する。

「そうですか。今はもうこうなっているんですね、、。

自信まんまんで途方もない可能性を魅せ付けた味わいも角がとれてパワーとエレガンスのバランスへと向かっている。

この落ち着きの現れは定年を迎えた我々か駆け出しソムリエから熟練のサービスマンに変貌したポリフェノールさんかどちらでしょうねえ」

感慨深げに奥谷さんが熟慮する。ポリフェノールは沈黙を保ったまま。

そんな折、坂本さんが不思議そうにワインのボトルを眺めながら

「このワインってフランスだよな?なんでアラビア建築様式の建物がラベルに描かれてるん?」

ポリフェノールが答える。

「それはこのワインの昔の生産者がインドと貿易をしてたからなんですよ。

1850年の前後とかだからまだ飛行機も冷蔵庫もありません。

ボルドーの港をでたワインは船旅でアフリカの南を回ってインドまで。インドは当時イギリス領。

ワインを売りつける為にはるばる赤道を二回も通ってインドに持ち込んだんですが全てが売れるわけではないから残ったワインはまた船旅で本国に持ち帰る羽目になったんです。

持って帰ってきて飲んでみたらワインは見事に美味しく熟成していたのです。

当時は熟成っていう概念がまだ無かったんですね。

それからそのワインはインド帰りのワインとして一躍有名になり気をよくした生産者もラベルをインド様式に変えたっていうことです。」

「へえええ。無理解による遠回りが逆に功を奏したってわけか。なんか深いなあ」

坂本さんの頷きに大きく賛同する奥谷さんが

「よく解ります。私の走ってきた道もそうだったように思います。後になって見てみたら随分と遠回りしてきたようで、今思えばこれで良かったのだと、、。

ポリフェノールさん、このワインがピークを終えて美味しく飲めるのを終えるまで何年程かかるでしょうか?」

「こちらのワインはまだまだ若さが残ります。最良と思えるピークですらあと15年はかかるのではないでしょうか。そのピークの終わりとなるとその倍以上はかかるでしょうね」

奥谷さんはそれを聞き少しだけ微笑み。ゆっくりと飲み干した。

帰り際、「ピークまでまだ15年なんて聞かされたら枯れる訳にはいきませんね」と言っていた後ろ姿が印象的だった。

それ以降バハムートのワインリストにはこのワインが消えたことは無いという。

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