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ワインバーバハムートの日常

ワインバー バハムートの日常 その15 思い出は明日へ

花街にひっそりと佇むワインバーバハムート。

今宵のカウンターは一組の家族で貸し切りとなっていた。

神戸からのゲストで、年に数回のプチ家族旅行。京都で豪勢なディナーの後に仕上げのワインをワインバーバハムートで楽しむのが彼等、古川家の定番となっていた。

開業医の古川氏は50代後半でまだまだギラギラとした自信漲るオーラの持ち主。

奥様は見目麗しく夫婦の会話から察するに同年代のようだがとても若く見える才色兼備を絵にかいたような方。

お子さんは男、女、男の順番で3人兄妹。一番上の兄と長女が既婚で二人ともお医者さん。

一番下の弟は医学とは違う道に進み京都で3つのファッション関係のお店を展開する青年実業家だ。

家族仲良しで、今日は上二人の兄妹それぞれの伴侶も同席して計7名様。

「アメリカのホームドラマに出てくるみたいな超イケてるご家族ですよね。お金持ちでみんな美男美女。しかも気さくでこっちにまで色々と気遣ってくださって。本当にいるんですねーこういうファミリーって」とは、アルバイトのコダマちゃんのご意見。

確かにごもっともとポリフェノールも納得だった。

この日はご家族で某予約の取れない京都の名店でお食事の後のご来店。

ワイン通でもある古川氏のご注文は「ブルゴーニュをおまかせで」とのことだったので、ポリフェノールは一本のワインをパニエに入れサーブした。

ワインはブルゴーニュの名門、ジョルジュ・ルーミエの銘醸だ。

モレサンドニの一級畑の1997年。

元々有力な生産者だったが、ここ10年で一気にその人気に火が付いたワイン。

モレサンドニは北にジュブレィシャンベルタン、南にシャンボールミュジニーと比較的メジャーな二つに挟まれて少し地味なイメージがあるが、実は通好みのワインとして有名だ。

ヴィンテージの1997年という年もここ10年以内に楽しむならベストと言えるヴィンテージの一つ。

いわゆるヴィンテージチャートでは過小評価されがちだが、実はトップクラスのワインが軒並み飲み頃を迎えていてまさにピークといえる芳香性を表現している。

これがまたボルドーにも当てはまるので、ソムリエの間ではワインリストを作る上で外せないヴィンテージとなっている。

古川氏のテイスティングの後に家族で乾杯。

どうやら長男のお誕生日のようだ。

目でお伺いを立てるポリフェノールさんに、古川氏は

「ケーキとかシャンパンはいらんで。息子ももうええ年やしな。それよりも、、」

その時、バハムートの扉が開き着物の女性と舞妓さんが入ってきた。

「すんまへん。遅くなってしもて。それで重ねてすんまへん。舞妓ちゃんは一人連れて来れたんどすけど芸妓さんがみんな出払ってまして」

話し始めたのは近所のお茶屋「やましろ」の女将さんで、まだ女将としては若手の美人さん。

古川氏に頼まれて芸妓さん舞妓さんの手配をお願いされていたらしい。

「かまわんで女将。ちょっと急に思い立ってしもてな。お願いしたんもさっきやし、舞妓さん一人来てくれただけでも上等やわ。それより、わざわざそれ言いにきたんやったらついでに一緒に座って飲んでいき。好きやったやろ?ブルゴーニュ」

「いえいえ、こことウチとこの館はほぼ真向かいどすからね。来てしもたほうが早いんどす。 あら。モレサンドニどすね。そういうことでしたら、ご相伴に預かりますわ。」

「あらら。女将さん、モレサンドニなんて単語がすらっと出てくるぐらいワインお好きなんですね。僕ら父の横で色々飲んでるんですけどまだチンプンカンプンで。医療用語なら覚えられるんですけどワイン用語は難しいですよね」

長男が苦笑して答える。

「そうどすか?医療用語の方がよっぽど難しい思いますえ。

でもこのワイン、昔お世話になった方によく飲ませてもうたから覚えてるんどす。そういうたらその方もお医者さんどしたわ。

あら私ばっかり喋ってしもうて、この娘ウチの舞妓さんどす。よろしうおたのもうします。ほら、千社札配って」

流れるように舞妓さんにお名刺を配るように促す。さすがの会話術にコダマちゃんは惚れ惚れとしていたが、ポリフェノールは先程の女将の言葉を聞いてある昔話を思い出していた。

20年前。駆け出しのソムリエの頃にお世話になったお客様。高康さん。

その高康さんは京都でも有名なワインラヴァ―で眼科病院を開業していた。

仲良しの奥様と二人連れだってあちこちのレストランやワインバーに行ってはワインを楽しんで、時には将来ある若手ソムリエを自宅に招いて極上ワインと奥様の手料理を振る舞うのが彼等の休日の過ごし方だった。

ポリフェノールもそうやって招かれた一人。ワインを飲む機会もまだまだ少なく、まして高級ワイン等は専門書でその味を想像する毎日だった。

招かれた邸宅は地下室がまるまるワインセラーに改造されていた。

高康さんは子供のようにはしゃぎながらにワインを一本一本ポリフェノールに見せては、これはどこでいつ買ったとか、これは息子の生まれ年だから10年たったら一緒に飲むつもりだとか言って聞かせた。

奥様いわく、高康さんはどのワインをいつ飲むか決めているのでそれにタイミングを合わせて瓶を立てたりしてオリの状態を整えるそうで。

今ポリフェノールが思い返してみても高康さんのワインの知識や愛情はかなりマニアックなソムリエのそれだった。

お仕事も順調。奥様は美人で明るく子供たちはそんな両親を心から尊敬するという絵にかいたような素敵なご家族だった。

だったのだが、人生とはどんな落とし穴があるか解らない。

とある事故で高康さんと高康さんの次男の二人が亡くなってしまったのだ。

ちょうどその頃、新しい店に入り忙しくしていたポリフェノールとは疎遠にしていた。

今と違ってSNSも無い時代。情報はなかなか入らない。

ポリフェノールがそれを知ったのは随分後になってからだった。

、、、、、、、

「さすがにこの人数じゃ、すぐ空いてしまうな。ポリフェノールさん。もう一本何か頼むわ」

意識を戻し古川氏のオーダーにすぐ応え、ワインセラーに向かうポリフェノール。

今夜はこれしかない、とある一本のワインを手に取った。

つづく

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