花街にひっそりと佇むワインバーバハムート。
今夜のカウンターは残念ながらまだ誰も居ない。
アルバイトのコダマちゃんが黙々とお掃除をする傍らでポリフェノールはワインの発注リストを眺めていた。
「ポリフェノールさーん」
「んー?」
「この間来たよし夏菜さんの妹さん、よし七菜さん可愛いかったですねー」
「そうだねー。まあお姉さんが美人だからねえ」
よし夏菜さんの名前に即座に反応して発注リストを横に置くポリフェノールにコダマちゃんは苦笑いしながら答える。
「はいはい。安定のよし夏菜さん贔屓ですね。
ところでそのよし七菜さんが『おふく結わしてもらいました』っておっしゃってたんですけど何のことなんです?
あの後忙しくなっちゃったから聞き逃したんですよね」
「あーそれはねえ、舞妓さんの髪型のことなんだよ。
芸妓さんの頭はカツラなんだけど舞妓さんは地毛なんよ。
で、最初は『割れしのぶ』っていう結い方をするんだけど、何年か勤めて女将さんに認めてもらうと『おふく』っていう髪型に変わるの。
成長を標すモノになるから舞妓さんがおふくになったのを見かけたら次回からはおめでとうございますと伝えてあげてね。
ちなみに、舞妓さんが芸妓さんに変わる最後の2週間だけ結う髪型を先笄(さっこう)って言ってすごくレアなんで機会があったらよく見てみるといいよ。」
「へええ。髪型一つで色々あるんですね。なんか襟の色でベテランさんか解るみたいに聞いたんですけど」
「そういうのもあるよ。
内襟が赤いと新人舞妓さんでだんだん白っぽくなっていくにつれてベテラン舞妓さんて感じかな。あと髪飾りも一年生が一番可愛くて派手でだんだん大人っぽく地味な感じに変わるよ。
分かり易いとこだとデビューして一年までは下唇にしか口紅を塗れなかったりとかやな」
「舞妓さん、以外に変化が多い!油断できませんね!」
「なんの油断をしてるんだか(笑)おっと、そろそろご予約の時間やで」
言い終わるやいなやの間合いでゲストが来店した。
男性2名に件のよし夏菜さんと芸妓の日ね史さんが一緒だ。
男性は二人とも50代の後半。どちらも背が高くてガッチリした体形で,聞けば学生時代のラグビー部仲間だとか。
名門高校出身の彼等は卒業後それぞれの道を歩み、父が開業医だった北原は医師、受験で苦労した南川は製薬会社の重役になっていた。
「こんばんはポリフェノールさん。今日は白ワインからいただこうかな。後でちょっとした遊びをしたいんやけどええかな?」
「北原の無茶ぶりゴメンな。いっぺん面白いと思ったらきかへんねんコイツ。まあ話し聞いて俺も面白いと思ったんやけどな」
「なにやら楽しそうですね!やりましょ♪やりましょ♪ぜんぜんなんのことか知らないですけど(笑)」
楽しそうな男性ゲスト二人の様子に適当な相づちを打つコダマちゃん。楽しそうな人を見ると自分も楽しくなるタイプでまさにその本領発揮だ。
「すんまへんなあ。ポリフェノールはん。この人達さっきからずっとその話しなんどすねん。お付き合いしたげてもらえまへんやろか」
「もちろん大丈夫です!まずは白ですね。じゃあそのお遊びの前の軽い一杯って感じでご用意いたします」
そう言ってポリフェノールはみんなに白のワインを。よし夏菜さんにはノンアルコールのフルーツカクテルをサービスした。
そこに日ね史さんのツッコミがすかさず入る。
「あーまたそうやって夏菜だけえこひいきする!」
「いやいや。よし夏菜さんお酒飲めないからですからね。えこひいきだなんて、、まあしますけど(笑)」
「するんかい!相変わらずのよし夏菜さん贔屓やなあポリフェノールさんは。連れてくると倍喜んでもらえるしええわあ」
「南川さん、わかりますか?そうなんです!ここによし夏菜さん連れてくると倍楽しめますよ(笑)と、その話しは置いといて、ワインはいかがですか?
ブルゴーニュブランっていうフランスの白ワインとしては格付けは下位のものですが逆に作り手はフーリエっていうトップクラスのものです。酸のバランスが良くこの後のどんなオーダーにも対応できそうでしょ?」

みんな美味しそうに微笑む。
特に酒豪の日ね史さんは一口で杯が乾きそうな勢いだ。
一息ついた北原がポリフェノールに話し始めた
「ワインで一番高いのっていうたらロマネコンティやろ?有名やしそれは解るねん。でもずっとそうやったん?聞いたらボルドーの格付けも1855年やっていうやん。時代と共に世界一ってワインも変わったりせえへんの?」
「もちろんしますよ。それこそ昔はブルゴーニュよりシャンパーニュの赤の方が飲まれていた時期もあります。
ボルドーのワインが隆盛になったのもポンパドール夫人が宮廷ワインとしてシャトーラフィットロートシルトを勧めたからだという説もあります。
ブルゴーニュならそうですね。ロマネコンティの前はクロドヴージョ、その前はシャンベルタンでしょうか。
以外と流行りが移り変わっています。時の権力者による大人の理由が主な原因だったりしますが。」
「なるほどねえ。その辺りの話しも掘ると面白そうだけど今夜はそのクロドヴージョ!それでいこう」
「北原がな、現世界チャンピオンのロマネコンティは高すぎて手が出えへんけど、旧世界チャンピオンのブルゴーニュワインなら作り手やヴィンテージを変えて一晩で色々と飲み比べができるんちゃう?て言うんよ」
「そう!旧とはいえ世界チャンピオンや!それを一晩で飲み比べっていうのはなかなか楽しそうやろ?さっき思いついて盛り上がってたんはこれやねん。」
「えー!それは本当に楽しそうですね!シンプルにクロドヴージョを飲み比べしよう!じゃなくて世界チャンピオンのワインを飲み比べしよう!っていうのがキャッチーです♪」
「コダマちゃん!さすがよう解っとる!て訳でポリフェノールさん、なんか頼むわ!」
「了解しました(笑) 楽しんでもらえそうなワインをご用意いたします」
そう言ってポリフェノールは数百はあるブルゴーニュワインのセラーの中から二本のワインを用意した。
つづく