京都、花街の一角にひっそりと佇むワインバーバハムート。
今夜はそのカウンターに芸舞妓さんばかり4人座っていた。
アルバイトのコダマちゃんは戸惑っていた。
この状況は何?
なんで芸舞妓さんばっかりでお客さんいないの?
いないのになんでシャンパンが開いてみんなで楽しくおしゃべり?
え?今営業中じゃないの?なにこれ?
コダマちゃんの様子を見て店主のポリフェノールが話す。
「あ、今日は貸し切りだよ。本当はお客さんも何名か一緒に来られる手筈だったんだけどお仕事の都合で急遽ご到着が遅れることになったんよ。」
「あー、そういうことかあ。でもなんでシャンパン開いてるんですか?」
「それはほら(笑)日ね史さん酒豪やん?お客さんも心得てるから待たせてる間、日ね史さんが暴れないようにシャンパンでも飲ませてやってくれって(笑)」
ポリフェノールの話しが聞こえて話題の主の日ね史が反応する。
「ねーコダマちゃん!どう思う?
失礼やろお?ウチばっかり酒豪で堪え性ないみたいな扱い!
まあ有難くシャンパンよばれてますけど!(笑)」
「良かったやん。史の好きなシャンパンをわざわざ用意しといてくれはるなんてお優しい方やわ」
芸妓のよし夏菜さんがニコニコして答える。ちなみによし夏菜さんはアルコールを受けつけないのでノンアルコールカクテルを飲んでいる。
同じくノンアルコールカクテルを飲んでる舞妓のゆり咲奈が
「ねえさん、これねえさんの好きなグミのやつどすー」
「咲奈ちゃんありがとう!でもなんでシャンパン飲まへんの?」
舞妓ちゃんといえどゆり咲奈はもう二十歳過ぎ。飲んでも問題はないのだが
「すんまへん。よし夏菜さんねえさんの飲んではるんが美味しそうやって(笑)」
「よしえりちゃんも飲まへんからけっきょくウチ一人で飲んでるやん!もうお客さん来た時酔っぱらいになったらみんなのせいえ!」
言われた舞妓のよしえりも笑ってごまかすしかない。
賑やかに過ごしていると一時間程して件のお客様がようやくの登場となった。
「いやあお待たせ!ごめんねー!結局他の連中は連れて来れへんかったから僕だけやねんけど、後1時間程したらまた行かなアカンから一本みんなで飲んでお開きにしよか!」
「お仕事大丈夫ですか?しかもまた今からもなんて大変じゃないですか。気を遣って立ち寄っていただいたようで申し訳ございません。」
「いやいやポリフェノールさん、色々と手配してもらっていたのに申し訳ない。これくらいは普通だよ。
それに、今回のトラブルは嬉しい誤算でね。とっくに頓挫していたプロジェクトが先方のクライアントのミスで急遽こちらに仕事が回ってきて。
芸舞妓さんを呼んでいたおかげで回ってきた福だから景気付けにシャンパンを奢るくらい喜んでさせてもらうよ!」
「そうですか。良いお話なら何よりです。ご注文のシャンパンは先程一本空いたところです。新たに指定の銘柄はございますか」
「そうだね!ここはおもいっきり景気良くボランジェのVVとかどうやろ?店に置いてる?」
「はい。ご用意ありますよ!先程日ね史さんが飲まれていたのがボランジェのスペシャルキュベでしたのでちょうど良い流れですね!」

正式な名称はボランジェ・ヴィエユヴィーニュ・フランセイス2002年
世界の5大シャンパンメーカーと呼ばれるボランジェのフラッグシップだ。
ヴィエユヴィーニュ(VV)は古木の意味で特にこのシャンパンのブドウの樹は樹齢100年を超えている。
1900年代の初頭、アメリカからやってきたブドウネアブラムシ(フィロキセラ)によってヨーロッパのブドウは全滅の危機に瀕した。
その対策としてブドウネアブラムシに耐性のあったアメリカのブドウの樹を台木とすることで生き長らえることに成功した。
ところが、このボランジェ・ヴィエユヴィーニュ・フランセイスはその台木を用いずにフランスの大地に直接ブドウの樹が根差しています。
フランセイスとはこの徹頭徹尾フランスのものだという誇りの現れだ。
「今回のプロジェクトは業界でも有名でね。長いコンペの結果ウチは負けて千載一遇のチャンスを逃した訳だが、、待てば海路の日和ありだ。
こうして再びチャンスが回ってきたんだからね!
このシャンパンに込められている「誇り」を胸に立ち上がろう!
みんな!これから大変だと思うが頑張ってくれ!!
かんぱーい!!!!」
「かんぱーい!って、お兄さんウチらお兄さんとこの社員の方々とちゃいまっせ?」
「あ、ごめんごめん。こんな感じで乾杯しよう思って練習してしもたわ(笑)」
「コダマちゃん、社長がボランジェVVフランセイスを一本お持ち帰りだから包んでおいて」
「あ、うそうそ!ポリフェノールさん、冗談だって!流石にこんなの2本も一晩で開けたらお小遣いなくなっちゃうから!(笑)」
「お兄さん、そないなこと言うてたらせっかくの景気が逃げまっせ!
同じシャンパンとは言わへんからウチに新しい赤ワインをお頼申します♪」
「えーーー!かなわんなあ(笑)」
こうして今夜も賑やかにワインバーバハムートの夜は更けていった。