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ワインバーバハムートの日常

ワインバー バハムートの日常 その23 送り火の夜に

京都、花街の一角にひっそりと佇むワインバーバハムート。

今夜そのカウンターにいるのは二人。

一人はオーナーの山崎。もう一人はソムリエのポリフェノールだ。

お店はお休み。

ゲストを入れるでもなく二人はカウンターに横並び杯を交わしていた。

「例年なら毎年の宴会に呼ばれて忙しいところなんやけどな。」

物憂げなオーナー山崎。

ポリフェノールも頷いて答える。

「そうですね。でも今年は仕方ありませんよ。来年こそは、です。逆にゆっくり過ごせて良かったんじゃないですか。お盆にこんなのんびりできるのも久しぶりでしょう?」

「ゆっくりはええねんけどな。せっかくお盆休みをとっても舞妓さんの一人も呼べへんと寂しいもんやな。ま、ポリさんの言う通り来年こそは、やな」

「そういうことです。今は身体を休めて来る忙しき日々に備えましょう。

それに今夜は本来ご先祖様をお迎えする日です。

毎年ほったらかしにして忙しくしてるんですから罰が当たる前で良かったですよ(笑)」

「そうやなあ。お、そろそろ20時か。ほな上の窓から眺めよか」

二人は片手にワイングラスを持って二階に上がる。

普段二階は営業には使わない。

備品や到着したばかりのワインを保管するワインセラーの置き場になっている。

そこから眺めた送り火は例年のそれとは違う「大」の字ではなく「大」の各端っこを6点だけ灯す変形だ。

時世を鑑み点灯箇所を制限する苦肉の策。

昨年に引き続き今年もこの形となった。

「今年もこのパターンかあ。侘しいなあ。」

「そうですね。でも続けることが大事ですもんね。」

「そうやな。起源は平安時代とか江戸時代とか言われてるくらい遥か昔からの行事や。

ご先祖さんもこうしてさらにそのご先祖さん達を送ってきはったんやからな。

ワシ等の代で終わらせるわけにはいかん。

続けること。続けることが大事や。そうしたら、またいつか必ず元の「大」の字が見える日もやってくる。」

「祇園祭もそうですけど、それこそが京町衆の粘り強さかもしれませんね」

例年なら「大」の皮切りに五山の送り火が順々に灯る。

残念ながら今年もその全てが縮小だが、それでも全て順々に点灯していく。

そんな折、二階の部屋の扉が開き騒々しくアルバイトのコダマちゃんが入ってきた。

「おー!!良かった!!間に合った!!もう!二人ともちょっとくらいこっちに上がる前に『あれ?コダマちゃんどうしてんのかな?連絡してみようかな?』とか思わないんですか??」

「あ、ゴメン(笑)忘れてたわ」

「同じく(笑)」

「うわっひどっ!!そりゃ二人とも独身だわ!!」

「うおーい!相変わらず無茶苦茶やな君(笑)ほれ、ご先祖様を送る神聖な行事の最中やで。静かに眺めよし」

そう言ってオーナーがポリフェノールを促す。

ポリフェノールは新しいグラスにワインを注ぎコダマちゃんに渡した。

「なんだ。なんのかんの言って待っててくれたんじゃないですか!」

自分の分のワインとグラスが用意されていたことに気をよくしたコダマちゃんは一瞬でご機嫌さんになった。

「ほんで、今日はちょっと用事ある言うてたけどなんやったん?」

「あ、そうなんです。親戚のおじさん夫婦が赤ちゃんを連れてこっちに来てて。

ここからすぐ近くに居るって聞いてたんで遊びに行ってたんですよ♪

もう、目がくりんくりんで超可愛いかったー♪♪

パパが自分にそっくりだって言って溺愛してたのが、また見てて癒されまして♪」

「そりゃあ良かったね。初子が女の子で自分にそっくりなんてパパにはたまらんやろね」

「そうやなあ。お盆はご先祖さんを送るんも大事やけど、そうして新しい家族を迎えてご先祖さんに紹介するのも大事なことや。

そうしてまたその子へ。その子からまたその子へと続いていくもんやからな。」

感慨深げに山崎が独り言ちる。

ポリフェノールもグラスをクルクルと回しスワリングしながら大文字山を眺める。

静かな時間の中、コダマちゃんがポリフェノールに質問をした。

「ちなみに今日のワインてどんなのなんですか?」

「ん。今日はね。シャトーランシュバージュの1982年だよ。オーナーと3年前にフランスに行った時に買ったワインでね。

シャトーをガイドしてくれた若い女性が言うには、シャトーの歴史の中でも伝説的な出来だったらしくて。

確かに素晴らしいワインやわ。40年近く経ってもまだこんなパワフルなんだからね。

これなら、コダマちゃんが今日会ってきた赤ちゃんが成人になった頃まで楽しめそう」

「あー!そう言えばそのパパさんに娘と将来飲めるワインを聞いといて欲しいて頼まれてたんですよ!

ナイス!!

これをオススメしときますね♪」

言いながらメモをとるコダマちゃんに2人とも思わず声を出して笑って

「ははは!君のその適当な感じは相変わらずええなあ(笑)」

「ほんまにな。今日は舞妓はんの代わりにコダマちゃんで堪忍しとこう」

「む。なんか褒められてないことだけは伝わるぞ!」

ぷくっとふくれっ面をするコダマちゃんにまたもや笑う2人。

こうして今夜もまたワインバーバハムートの夜は更けていった。

ご先祖さんがそのご先祖さんの為に

子供達がその子供達の為に

連綿と続く流れの中に繋がれた歴史はまた今日も昨日から明日へ

明日良い日になりますように

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