京都、花街の一角にひっそりと佇むワインバーバハムート。
今夜そのカウンターには常連の長野が息子の雄輝を連れて来店していた。
長野は60代。背が高く、それ以上に収入が高く、だのに態度はまったく高くない紳士然とした京都の良き旦那様のお手本のような人間だ。
息子の雄輝もそんな父に似て、悪い意味でのお坊ちゃん感のない素直な好青年。
今は東京の大学に通っていて、大学ではアメリカンフットボールのプレイヤーとしても活躍している。
自身も学生時代にフットボールプレイヤーだった長野は、そんな息子の活躍に目を細めていた。
「ポリフェノールさんにも見せたかったよ!雄輝の華麗なインターセプト!あれで試合が決まったな!」
「お父さん、親バカだって。ポリフェノールさん困りはるやん」
「いえいえ。ご活躍で何よりです。普段からお父様に色々と聞いていましたが、機会があればホントに拝見したいものです。」
ポリフェノールの言葉に恥ずかしそうに照れ笑いする雄輝。
そんな二人に空気クラッシャーことアルバイトのコダマちゃんが
「雄輝さんのタックルってやっぱりスゴイんですよね?一回ポリフェノールさんに思いっきりしてみてくださいよ!」
「コダマちゃん。アホなの?僕、死ぬよ?!死ななかったにしても今夜はもうワイン開けれないよ?」
「わははははっそりゃ大変だ!じゃあそうなる前にワインを開けてもらおう!
イタリアワインがいいな。ポリフェノールさん、おススメをお願いします。
雄輝、タックルはその後でな(笑)」
大笑いしながら長野がオーダーする。ついでにノリノリでコダマちゃんに追従。
ポリフェノールは苦笑いしながら一本のワインをサービスした。
「こちらのワインは少し開くのにお時間がかかります。デキャンタージュもいたしますが、どうぞゆっくりお飲みください。
ゆっくりゆっくり飲んで、タックルのことはどうぞお忘れください。(笑)」

「コダマちゃんも、お父さんもポリフェノールさんを困らせないでくださいよ(笑)
タックルなんて素人にしたらポリフェノールさん、もう二度とお酒が飲めない身体になっちゃうからする訳ないじゃないですか(笑)」
「タックルこわっ!お酒の飲めないポリフェノールさんなんてただのワインオタクですね♪」
あおっておいてもう他人事にするコダマちゃんに一同大笑いしながら乾杯をした。
「美味しいワインですねー♪♪流石ポリフェノールさん。これはなんていうワインなんですか?」
雄輝は一口飲んですぐにポリフェノールに質問した。感動する程美味しかったようだ。
「これはですね。イタリア、トスカーナのワインでブルネロ・ディ・モンタルチーノと言います。
生産者はカーゼ・バッセ。特にこの銘柄はソルデーラというこの生産者独自の畑の銘醸です。
数あるブルネロ・ディ・モンタルチーノの中でも最高峰の一つですね。
ヴィンテージは偶然、1993年がありましたのでそちらをご用意しました。
雄輝さんのお生まれ年ですよね?」
「さすがポリフェノールさん!息子の生まれ年を覚えてくれてるとは!
そういえば以前、御所南のイタリアンレストランで偶然会った時も1993のワインをたまたま飲んでたからと一杯ご馳走してくれたんだったね」
「そうやったなあ。今日もありがとうございます!これで明日からまた頑張れますよ」
「はい。是非ともタックルは他所でお願いします(笑)」
「はは。ホントにしませんって。それにしてもこの前といい今日といいいつも良くしていただいてすいません。」
「何をおっしゃいますやら。僕の方こそお父様にいつも良くしていただいてますから」
「いやあ。父は父ですよ。僕は僕で何かポリフェノールさんにお礼を返したいんですけど、、何がいいかなあ?」
例によって空気クラッシャーコダマちゃんが発動する
「あ!!じゃあポリフェノールさんにワインをオゴってあげたらいいんじゃないですか??」
「コダマちゃん、一回黙りましょう(笑)。
雄輝さん、それなら一つお願いがあります。確か来年の春から社会人ですよね?
これから何年、いや何十年後でもいいのですけどいつか無理することなく普通にこのソルデーラを開けられるくらいの男になられた折に、お父様を連れて雄輝さんのオゴリでこのワインを飲みに来てください。
僕は是非、その時にこのカウンターでサービスをさせて頂きたいと思います。
いかがでしょうか?」
しばらく考え込む様子を見せ雄輝が答える。
「わかりました。ポリフェノールさんのおっしゃるような男になれた暁には是非ともそうさせてください!
これで来年からの仕事にも一つ目標ができました!
本当にありがとうございます!」
「ポリフェノールさんありがとう。私からもお礼を言うよ。
そんな日が来たら父親冥利に尽きる。
雄輝、いいか?このワインを何年、何十年後に楽しむ為には経済的にはもちろん健康でなければならない。
それに私と君の親子が仲違いしていてもダメだ。
このお店だって存続していてもらわなきゃならないから、肉体的、経済的健康は我々だけでもダメ。
要するになかなか奇跡的な幸福が重ならなきゃ今の話しは実現できないんだ。
だが、だからといって諦めてはいかん。
諦めずにいつかそんな日がくると信じて日々を精一杯生きることが大事だ。
大丈夫。奇跡みたいな話しと言ったが、お前ならできる!
私も楽しみにその日を楽しみに待つことにしよう」
頷く雄輝。
結果オーライで怒られることがなくなりそうでホッとするコダマちゃん。
嬉しそうに杯を傾ける長野はポリフェノールに目で感謝を告げ、ポリフェノールもそれに答える。
こうして今夜もワインバーバハムートの夜が更けていった。