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ワインバーバハムートの日常

ワインバー バハムートの日常 その27 ジャック・セロスとソレラシステム

京都、花街の一角にひっそりと佇むワインバーバハムート。

そのカウンターには常連の芝田父が孫の孝也を連れて飲んでいた。

芝田は70代。豪快にして品の良さも合わせ持つ起業家だが、数年前に娘の洋子に会社を任せ引退していた。

今は相談役程度の立ち位置を貫いている。

新社長となった洋子にパリ支社を切り盛りするスタッフの一人として派遣されていたのが孫の孝也だ。

孝也はまだ27。今は夏季休暇を取って帰国中。

ゆくゆくは跡継ぎとしてキャリアを積ませる為に下っ端からのスタートをさせたが、実力でパリ支社企画室室長の地位まで上り詰めた。

現地での人望もあり、会社の将来も安泰と油断していたところへ前回の事件が起きたのだが(ワインバーバハムートの日常その21参照)、それも事無きを得たのだった。

の、はずなのだが今の二人の雰囲気は決して良いとは言えない。

もう30分もお互いに無言で杯をあおっている。

こういう時、ソムリエのポリフェノールは余計に話しかけたりしない。

沈黙こそが、時と場合によっては良いサービスとなることがあるのを知っているからだ。

空気クラッシャーのアルバイトのコダマちゃんもこの日は芝田父の娘であり孝也の母である洋子にご飯を呼ばれ出勤は遅い。

そんな訳で店内に男性ばかりが3人。

さすがにいたたまれなくなり孝也が話しだす。

「ポリフェノールさん。祖父と母がいつもお世話になっているそうで。電話で聞かされていました。

今日はお会いできるのを楽しみにしていたんですよ」

「ありがとうございます。私もお二人から色々と覗っておりました。パリではご活躍だったそうで」

「いやあ。もう少し事前の根回しとかをするようにとお咎めをくらったとこですよ」

孝也は苦笑いをしながらポリフェノールに話しを返す。それを聞いて芝田父も

「そりゃあそうじゃ!会長にも社長にも知らせずに室長クラスが勝手に話しを進めるなんて聞いたことがないわい!」

「はーい。申し訳ありません。まあ結果オーライってことにしといてよ。パリの競合他社が急に横槍を入れてきたからこっちもてんやわんやだったんだって」

「そうらしいの。じゃからその件は不問にしておる。さて、ポリフェノールさん。次はジャック・セロスのシュブスタンスを頼みますよ。」

ボトルが空いたのを見て芝田父はポリフェノールに新しいシャンパンを注文した。

「はい。かしこまりました。グラスは少し大ぶりのものを使いましょう」

そう言ってポリフェノールはシャンパンを抜栓し、通常のシャンパングラスではなくバルーン型の広いグラスに注いだ。

「美味しいですね!こんなシャンパンもあるんだ。熟成した極上の白ワインみたいな味!プラス泡って感じ」

孝也の感心した様子に芝田父も一瞬だけ顔をほころばせる。

「こちらのシャンパンはソレラシステムを採用しています。味わいはまさに孝也さんのおっしゃった熟成した極上の白ワインの雰囲気ですね。

それこそがこの造り手の狙うところです。実際に使うブドウ品種はシャルドネが100%です。」

「へー。じゃあ僕の感覚もなかなかのものですね♪ところでソレラシステムって?」

「スペインのシェリーで用いられている方式なんですが、熟成する樽を三段に重ねて置きます。

一番下の段の樽が一番年数の古いワインが入っています。

その上の段はそれよりもいくらか新しいワインが、さらにその上の段は一番新しいワインが入っています。

ワインをボトリングする時は一番下の段の樽から。

目減りした分を上の段の樽から継ぎ足しし、さらにその目減りした分を上の段樽から継ぎ足します。

こうすることで毎年同じ味わいのワインが作られます。くわえて深い味わいを引き出すことができます。

シャンパンは熟成したワインを各ブランド毎に大量にストックしていて、それをブランド独自の味わいとなるようにブレンドして出荷するのですが、ジャック・セロス・シュブスタンスはこのストックワインにシェリーの要素をブレンドしているのです。」

「それで熟成した白ワインの香りがあるんですね!ソレラシステム面白い!伝統のウナギのタレみたいですね!」

「ウナギのタレがどうなってるのか解りませんが(笑)

まあ、そうですね。他にも産膜酵母とか色々と専門的な話しもあるのですが、ここはワインとなるブドウの栽培そのものからこだわっていますので」

と、そこで店の扉が開く。

三人が話しているところへ洋子とコダマちゃんが入ってきた。

コダマちゃんは洋子にお礼を言ってすぐに制服に着替えてカウンターに立つ。

洋子は二人の間に腰を降ろしてグラスを傾けた。

「かんぱーい!コダマちゃんとのデート楽しかったわあ♪」

「えー♪ありがとうございます!洋子さん!ワタシも美味しかったです!!」

「コダマちゃん、それじゃまるで洋子さんを食べてきたみたいだよ(笑)すいません。ウチのアルバイトがお世話になりまして」

「あはは!コダマちゃんになら食べられてあげるわよー♪

ポリフェノールさん、私の方が付き合ってもらってるんだからいいのいいの!それで、こっちの男二人はどうなのかしら?」

「うむ。今これを開けたところじゃ。この前オマエとここで飲んだじゃろう?」

「あー!伝統のウナギのタレみたいな作り方をするやつね!」

「なんですか?そのシャンパンに有り得ないフレーズは?」

コダマちゃんがぎょっとして聞き返す。

「おじいちゃんが孫と一緒に飲みたかったのは、酒だけじゃなく託す想いも一息が良かったってことよ♪

男二人で飲みたそうだったから気を利かせてあげたんだけどね」

「こ、こりゃ!洋子!余計なことは言わんでいい!!」

顔を真っ赤にして芝田父が怒ったように話すがもう遅い。

それを聞いて孝也も

「そういうことなの?もうしょうがないおじいちゃんだなあ。素直に一緒に飲もうって言ってくれたらいくらでも付き合うのに」

「馬鹿者!茶化すんではないわ!」

「はいはい。でも、ちゃんと解ってるよ。おじいちゃんからお母さんに、お母さんからいずれ僕に、僕も誰かに。

そうやっておじいちゃんが作ったものを続けていくことが僕たちの使命だと思ってる。

今までありがとう。これからもよろしくお願いします。」

そう言って深々と頭を下げる孝也。

目をつぶり感じ入る芝田父。

洋子はそんな二人を交互に眺め涙をぬぐった。

こうして、今夜もワインバーバハムートの夜が更けていった。

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