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ワインバーバハムートの日常

ワインバー バハムートの日常 その30 シャンパンと恩送り

今夜のポリフェノールはワインバーバハムートのカウンターではなかった。

最近、常連になった山下と食事に来ていたのだ。

山下は60歳。京都でも有名なデニッシュパンの会社を経営する社長だ。

お洒落でイケメン。

実年齢の15は若く見えるルックスの上に明るく社交的な性格の為、芸舞妓さん達からの人気も高いいわゆる京都の旦那衆の一人だ。

そんな山下と食事をする場所は京都でも特に高級で有名な割烹。

なんせ一人8万前後はするという超高級店。

自身が高級レストランで務めた経験があるポリフェノールだったが、流石にここまでの高級店では緊張を隠せずにいた。

鱧と松茸のお鍋に舌鼓をうちながらシャンパンを飲む。

いつもならサービスする側にいる自分がこんなところで接客を受けていることにむず痒い思いでいたポリフェノールだが、名店の味わいには唸るばかりだ。

「このお鍋にこのシャンパンの組み合わせは最高ですねー。ビールでも良いですけど、シャンパンだと一段格が上がるようです」

「ほんまやなあ。でも君が言うと実感が出るからええわあ。舌が肥えるのも過ぎると美味しいものが少なくなるし大変やな」

「ぼく程度じゃ、そこまでではないですよ。山下さんの方がよっぽど舌が肥えてはると思いますよ」

「ま。ご飯はそうかな?でもワインやシャンパンはポリフェノールさんには負けるわ。これからゆっくり教えてもらうし宜しくね。さて、それ食べたらバハムートに帰ろうか。」

そうして、二人はワインバーバハムートに到着。

山下はカウンターに。待っていた舞妓のゆり咲奈ちゃんが隣に座る。

ポリフェノールは着替えてカウンターの中へ。

コダマちゃんがお土産を心待ちに手ぐすねを引いて待っていたのだが、いったんスルー。

後ろでぷくっとほっぺたを膨らましているような気配がするが無視して山下に話しかける。

「本日はごちそうさまでした。ゆり咲奈ちゃんもお待たせ。さて、お飲み物はいかがなさいますか?」

「そうやねえ。ゆり咲奈ちゃんはもう二十歳超えてるんだっけ?」

「へえ。お兄さん。すんまへん、おばちゃん舞妓どすう」

ゆり咲奈の返事に即座に反応したのはコダマちゃん。

「な!なにを言ってるんですか!ゆり咲奈さんは最強キュートの舞妓ちゃんです!

二十歳を超えて逆にこの感じでしっかりお酒の相手も出来るっていうか、めっちゃお酒強いのがまた魅力的なんですよ!!」

「はははは!コダマちゃんの説明でだいたい解ったわ!じゃあ遠慮なく飲んでもらおうか!リュイナールのブランドブランある?あったらそれをもらおうかな」

「ございますよ。ではそちらを。」

ポリフェノールは即座にグラスとシャンパンを用意する。

そのずん胴のボトルを抜栓しサービスした。

綺麗な泡がゆっくりグラスを駆け上っていく。

山下に促され、ポリフェノールとコダマちゃんもグラスに注ぎ皆で乾杯した。

一口の後、山下が話しだした。

「うーん。美味しい!クリアな味って感じでいいよな!確か世界最古のシャンパンメゾンだっけ?」

「そうですね。なんせこのメゾンの創始者がかのドンペリニヨン氏と同僚でしたので。

瓶内二次発酵という製法をドン・ペリニョン氏が確立した時に盲目だった彼をサポートしたのがドン・ティエリー・ルイナールと言われています。

なんせ、シャンパンという発砲したワイン自体がまだまだ世界に認知されていない時にメゾンを発足しているのですからまず最古でしょうね。」

「へー。そうなんだね。でもドン・ペリニョンはシャンパンメゾンを作らなかったんだね。てか、そもそも瓶内二次発酵って何?」

「ドン・ペリニョンは盲目でしたからね。メゾンの設立には不向きだったのかもしれませんね。でもその分嗅覚味覚に優れていて、それが瓶内二次発酵の確立に役立ったと言われています。

で、その瓶内二次発酵なんですが。

シャンパン地方はフランスでも北の方です。

必然的に当時の世界で一番ワインを輸入していたイギリスとは地理的にも近い位置です。

ワインとは果汁の中に偶然存在していた酵母が糖分を食べた時に二酸化炭素とアルコールに分解して吐き出すことによって産れる飲み物。

シャンパーニュ地方はフランスの中でも北だったからまだ寒い中で発酵を促すのだが、そのまま冬が長いので樽や瓶の中のワインに含まれている酵母が冬眠状態で生きたまま閉じ込められる。

結果、温かくなって活動を再開した酵母は糖分を食べ二酸化炭素とアルコールに分解をする。

その時に瓶の中で密閉された二酸化炭素は行き場がなくなりワインの水分中に溶け込んでいく。

すると、あら不思議。発砲したワインの出来上がりとなったのです。

でもこの発砲したワインは当初失敗とされていたのですが、イギリスの方ではだんだんと口の中でプチプチと弾ける不思議な感覚が人気になります。

そうなると、感覚的にこうすればいいかな?って感じで発砲しそうなワインが人気になっていくのです。

で、さらにそうなると体系的にその製法を研究する者が現れ、それがドン・ペリニョン師だったのです。

サポートをしていたルイナールはどんどん人気を博すこの発砲ワインに将来を感じ、専門の会社として世界初のシャンパンメゾンを作ったのです。」

「ほー!イチ起業家としてはめちゃめちゃ参考になる話しやね!そこまでの話しは知らなかった!

これは是非あやかりたいわ。シンプルに味が好みやったけどもっと贔屓にしようかな!」

「それは良かったです。でも本当に大変だったのはそれから後の人達でしょうね。

ルイナールが企業したのは1729年。フランス革命は1789年。

そこから激動の時代が展開します。

今なおこのメゾンが存在するのは何よりもそれぞれの時代に必ず存在したであろう苦難を乗り越えてきた人たちの努力によるものです。」

「ああ、そうやろうね。その努力と苦労に関してだけは僕もよう解るわ。

僕は元々親父の跡を継いで会社をやってたけど、それも一度潰してしもうたしな。大変やったでー当時は。今でこそこんなして遊ばしてもうてるけどね」

「お兄さんおおきに♪おかげでウチも遊ばせてもうてます」

はんなりとゆり咲奈が微笑む。

全員がそんなゆり咲奈にほっこりとなった後にコダマちゃんが山下に質問した。

「はいはい!山下さん!一つお聞きしたかったんですけど!

山下さんなら芸舞妓さんはもちろん綺麗なお姉さんと一緒にご飯とか、各界の著名人の方々とお食事に行けるじゃないですか?

ウチのポリフェノールさんは良いソムリエさんではありますが、、、なんでこんな冴えない人連れてったんですか?(笑)しかも、あそこの超高級店に!」

「ちょ!コダマちゃん??誰が冴えない人や!(笑)」

「はーはっはっは!!冴えない人は良かったなコダマちゃん!

でも、そうやね。さっきもちょっと言うたけど、僕は若い頃に親父の仕事を継いだんやけど上手くいかずに会社を潰してしもたんや。

もう気持ちも身体もいっぱいいっぱいでな。

どうしようもないと色んなことを諦めそうやった時に世話してくれはる先輩が居てはったんや。

今日行ったような旨くてめっちゃ値段のはるようなとこに連れてってくれはってな。

がんばれがんばれって言うてくれはる。

この人にとってなんの得があるんやろうてその時に僕も思ったわ。

でも今なら解るねん。

ポリフェノールさんやコダマちゃん、ゆり咲奈ちゃんかてそうや。

これからもし、見所があるなあていう若い子が目の前に現れた時にな。

ぜんぜん無理せんとこういう所に出入りできる自分になっていたなら、そういう前途有望そうな若い子を連れてあげて欲しいねん。

僕には何もしてくれんでいい。

僕も先輩方にそうして応援してもうて今がある。

先輩方もまたその先輩方に応援してもうたんや思う。

ぼくは今日上からしてもうたことをポリフェノールさんにしただけやわ。

だから、今度は君達の番や。

いつかカッコつけられる自分になってください。

そしてカッコつけて後輩に良い夢を見させられる先輩になってあげてください。

僕は君達がそうしてくれたら満足や。」

山下はそう言ってグラスを傾けた。

誰もがその言葉を心に、頭に刻みつける為に沈黙となった。

恩送りという言葉がそうらしい。

思えば世界最古のシャンパンメゾンもそうした願いの集大成として今も存在するのではないだろうか?

ポリフェノールはそんなことを想い、そして山下の言葉と気持ちに心から感謝した。

こうして、今夜もワインバーバハムートの夜は更けていった。

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