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ワインバーバハムートの日常

ワインバー バハムートの日常 その11 隠者のワイン

京都、花街にひっそりと佇むワインバーバハムート。

この日、初めて来店したゲストが一人カウンターにいた。

名前を芝田と名乗る70代くらいの男性。仕立ての良いスーツを着こなしどこか氏素性の良さを感じさせる品のある雰囲気だった。

ある常連の方の紹介で来店した後、舞妓さんを呼ぶわけでもなく一人で一本のワインと対話するようにゆっくりと飲んでいた。

「今日は本当に良いお店を紹介していただきました。ワインも美味しいし、何よりお店の雰囲気が最高です」

「ありがとうございます。ワインもお口に合いましたか芝田様?いつもそうなんですが、初めてのお客様にワインを選ぶ時は特に緊張します。」

「美味しいですね。お伝えしたイメージ通りの味です。何よりこのワインは昔の事を思い出させてくれます。少しばかり年寄りの昔話にお付き合いいただいてもいいですかな?」

「もちろんです」と、ポリフェノールは頷き耳をかたむける。

芝田はポツリポツリと話しだした。

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私は貿易会社を経営していました。

吹けば飛ぶような中小企業の社長でしたが、5年前に引退して会長に。

それも先月引退して悠々自適の隠居生活を手に入れたというわけです。

一言で言ってしまうとそれだけなのですが、もちろん色んなことがありました。

誰かから引き継いだ会社ではありませんから信用も資金も全てが0から作ったものです。

0からです。

0から何かを作るというのは大変なことです。ノウハウも信用も全て手探りで、時にはもう後戻りできないと思える失敗も一度や二度ではありませんでした。

運が良かったと思えばそれまでですが、何よりも情熱があった。

無我夢中で苦しみと対峙していく中で情熱だけは失わないように勤めてきました。

と言ってもその情熱のせいにして随分と強引な仕事もしてきました。

正道は常に正道。邪道は常に正道に敗れると言います。

私は正道で勝負できるノウハウも信用も無かったから邪道ばかりを使ってきたような気がします。

今更ながら残してきた会社の社員達や後継ぎとして社長にした娘に貧乏くじをひかせたような心持の悪い気分になり、今夜は誰も私の事を知らないお店で一杯やりたくて友人の伝手を使って紹介いただいたという訳なんです。

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男性は話し終え、ゆっくりとグラスに残ったワインを飲み干した。

ポリフェノールは空いたグラスにワインを注ぎ入れながら

「そういうことでしたか。計らずも今のお客様に相応しいワインをお飲みいただいていましたね」

「ほう。それはどういうことですかな?」

「今お飲みいただいているワイン、エルミタージュは直訳すると隠者という意味になります。このワインにはこんなストーリーがありまして、、、、

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その昔、十字軍の遠征にでかけたある一人の兵士が遠征先である罪を犯します。

兵士はそれを苦にローヌという地に降り立ち隠居生活を始めました。

その折、ブドウをこの地で育てワインを作ったところいたく評判になりました。

評判を聞きつけこの地ではワイン産業が盛んになり隠者として生活していた兵士に因んでワインの名前はエルミタージュ=隠者と名付けられたのです。

この地方ではそれ以前もワインを作られていましたが、あまり質の良いモノはできないと考えられていた為、ワインはボルドーやブルゴーニュの名門ワインのブレンド用としての地位しかありませんでした。

それをこの隠者がやってきてなんのノウハウも頼れる術もなく、失敗に次ぐ失敗を重ね、情熱を傾けて遂にはこの地方全体のワインの地位を向上させるまでに至ったのです。

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ポリフェノールはさらに続ける。

「正道と邪道はあくまで短い限られた時間枠の中のイチ真実でしかありません。

悠々と流れる歴史の長さの中では何が正道なのかはあくまで人が作っていくものではないでしょうか。」

「はっはっは。これは一本取られましたかな。いやこの歳になると愚痴が多くていけませんね。」

「こちらこそ、出過ぎた真似を失礼いたしました。ですが、失礼ついでにもう一本ワインはいかがですか?」

その時ガラっと店の扉が開き一人の女性が店に入ってきた。

女性は入るなり「お父さん。次のワインは私の大好きなブルゴーニュにしてもらいますからね」と芝田に話しかけてきた。

「おお。オマエ。どうしてここに?」

「どうしても何もないでしょ。ものすごーく落ち込んだ声で1人でゆっくり飲めるお店を紹介して欲しいって言われたから紹介したけど心配だから様子を見に行って欲しいって頼まれたんだから!」

女性は芝田の娘で、件の貿易会社の後継ぎだった。

ワインバーバハムートを紹介した芝田の友人があまりに悲痛な声を出す芝田の様子から娘に連絡をしたのだった。

娘はポリフェノールに事前に連絡をし、一本目のワインが飲み終わる頃を見計らって来店するのでという話しになっていたのだ。

「どうやら心配をかけてしまったようだね。でも大丈夫だよ。こちらのソムリエさんに励まされてしまったからね。

私は長年一つの会社を大きくすることだけに時間を使って、オマエや母さん、友人達にも苦労ばかりかけてしまっていた。

だが、人生とは時に優しいもんだね。私にはまだちゃんとこうして心配してくれる友人や娘がいる。ちょっとおせっかいなソムリエ君にも会えた(笑)」

「あらら。失礼しました(笑)」

「あら!色々と骨を折ってくれたんだからそんなこと言っちゃあだめよお父さん!罰でここはお父さんのオゴリね!」

「ははは、もちろんだ。いくつになっても娘に甘えられるのは父として嬉しいもんだからね。そういえばここは舞妓さんを呼ぶこともできるそうだよ。一人お願いしてみるかい?」

「えー!会いたい!そうしよう!」

「かしこまりました。でしたらおススメの舞妓さんがいますよ」

ニッコリ微笑んでポリフェノールは楽しそうな親子を見つめる。

こうして今夜もワインバーバハムートの夜は更けていくのだった。

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