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ワインバーバハムートの日常

ワインバー バハムートの日常 その16 続思い出は明日へ

ポリフェノールがワインを取り出しデキャンタージュの後にサーブする。

古川氏は一口飲んだ後にポリフェノールに話しだした。

「気を遣ってもらってありがとう。息子の誕生日祝いと解ってこれを選んでくれたんだね。

いや、そうしてくれるかなとは思たんやけど。それにしてもこのワインの89年があったとは恐れ入った。ワインバーバハムートのワイン蔵はビックリ箱やな」

「ありがとうございます。白馬のワインですね。」

ポリフェノールが用意したワインはシャトーシュヴァルブラン1989年。(シュバルが馬、ブランが白)

ボルドー、サンテミリオンに二つしかない1級Aクラス。

ブドウ品種はカベルネ・フランとメルロを半々くらい。

長い歴史の中で常にボルドーのトップランカーに位置し続ける銘醸中の銘醸で、その力強いボディは長くゆっくりと時間をかけて素晴らしい香りの極致に到達する長命なワインだ。

ポリフェノールは言う。

「1989年は特に優良年です。このワインでこのヴィンテージならほぼ人間と同様の年の取り方をします。今回のお味を是非覚えておいてください。10年、20年経った時にどう変化するかも楽しめますよ。」

「30分、1時間でも充分に変化する飲み物を10年20年とはポリフェノールさんらしい表現ですね。でも楽しそう!そうしたら20年後は僕のオゴリで両親に飲ませますよ」

お誕生日の当人である長男さんの景気の良い話しに顔を綻ばせる古川氏は笑いながら

「それは有難いんやけど20年も待たんぞ!10年でこのワインくらい奢ってみせんかい!」

「父さん!ワイン奢るってことは今日だとここまでの交通費からさっきのクラスのご飯屋さんにワイン。で、ここでこのワインって全部やろ?10年はキツイ!せめて15年にして!」

「ムリ!15年も待ったら痛風で酒も食事も贅沢できひんくなってるかもしれんから10年!10年やぞ!(笑)」

「痛風は自己管理してよ!眼科だって医者なんだし!(笑)」

「古川はん、常から美味しいモノを我慢するくらいなら痛風でもなんでもかかってこいて言うてはりますからなあ。そろそろお迎えがきはるんちゃいますか?お兄ちゃん、やっぱり10年にしたげて」

一斉に笑いが起きるご家族。15年後なら出来るって言う長男さんのお話も本来なら大したものなのだが、これも古川氏の愛情なのだろう。最後のとどめでお茶屋「やましろ」の女将の一言で10年後に決定したようだ。

そうして笑顔が絶えない素晴らしい時間が過ぎて行った。

ご家族の帰り際、ポリフェノールは古川氏にコルキーと呼ばれる簡易キーホルダーを今夜のワインのコルクに刺してプレゼントした。

「どうぞ今夜の記念に旦那様から息子さんにプレゼントしてあげてください。」

それを嬉しそうに受け取って古川氏が答える。

「おおきにな!ポリフェノールさん!今夜も楽しかったわ!女将も結局最後まで突き合わせて堪忍な」

「こちらこそ、楽しおした。またお頼申します♪」

家路につくご家族を見送った女将は舞妓さんを連れて「ほなウチらも」と言って館へ戻っていった。


それから二日後。

まだ営業を開始してすぐの時間にお茶屋「やましろ」の女将が一人で来店した。

「どうなされたんですか?こんな時間にお一人でなんて初めてですよね。」

「すんまへんなポリフェノールさん。もうええかなとは思うたんやけど、やっぱり聞いておこう思うて。

この前の古川はんの時にシャトーシュヴァルブラン。それも1989年。あんた、ひょっとして高康はんのこと知ってはんのかな思て」

「女将さんのおっしゃってたワイン好きのお医者さんてやっぱり高康さんのことだったんですね。ちょっとそうかなって思っていました。

あの方は若いソムリエを応援して京都に良いワインバーやレストランが増えるのを願ってはりましたから。」

「ふう、、。やっぱりそうやったんか。私がまだ現役の芸妓の時にお世話になってたんよ。奥様とは今でもお食事に行くのよ。」

「そうなんですね。実は先日のシャトーシュバルブラン1989はまさに高康さんがご存命の時に買われたものなんです。。

ポリフェノールは事情を説明しだした。

先日古川氏に出したワインは20年も前に高康さんが息子さんの為に買ったワインだったのだ。

ただ、なにせ大量のワインを購入されるご主人は買ったワインの全てを家に持って帰ることができず、一部のワインは購入したワインショップの地下セラーに保管してもらっていた。

高康家のご主人と息子さんが亡くなって、奥様はショップに置いていた分は信頼できるソムリエに自由に使ってくださいと渡していたのだ。タダでいいですと言う奥様にさすがにそれは申し訳ないといくらかの仕入代金を受け取ってもらうのにポリフェノールは随分苦労した。

奥様からするとお金ではなく主人の大事にしたワインを最も良い使い方をしてくれるかどうかが重要だったのだ。

ポリフェノールもその意義は充分に感じていたから古川家の様子を見て高康さんが思い描いた光景はこれで、まさにこの光景の為にこのワインは購入されたのだという想いを実現できた夜だった。

、、、、、、、

「そうなのね。そのワインショップって西大路にあったとこやろ?

あんなにいっぱいワインを置いてるとこあの頃はまだ京都にぜんぜん無かったからよう一緒に行かせてもらったわ。89年のシュヴァルブランを買った時、私も一緒に居たかもしれんへね。

高康さん優しいお人やったから今夜あの時のワインが開くからオマエも飲んでいきよし言うて呼んでくれはったんかな」

「そうかもしれません。女将さんのお話で僕もあの時高康さんのことを思い出しましたから。」

「それにしてもええ使い方ができたんやねえ。あのワインも幸せやった思うわ。飲む人は変わったけどこう飲んで欲しいていう想いはちゃんと昇華できたんや」

「そうだと嬉しいですね。それに、これから10年後には古川家にとっても思い出の一本になるのでしょうから(笑)、、、さて、今夜はいかがなさいますか?女将さん」

「そうやねえ、、、、、、

想いは語り継ぐ人がいればいつまでも繋がります。

思い出は明日を生きる人の為に語られるもの。

時に人よりも長生きするワインをお供に今夜もワインバーバハムートの夜ふ更けていった。

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